『めぞん一刻』を再読して、やっぱり最高に面白かった

一日一更新、六十八日目。

少しずつ再読を進めていた『めぞん一刻』を読み終わった。いやあ…………名作でしたわ………(10年ぶり2回目)f:id:akasakito15:20240921005213j:image

10年ぶり2回目と書いたが、前回読んでから実際どれくらい月日が開いているのか、正確には覚えていない。だいたい10年くらいは経ったのではないかと思うので概算で10年とするが、その頃の自分がなぜ『めぞん一刻』(文庫版)を購入するに至ったのかはあまり覚えていない。そして『うる星やつら』と『らんま1/2』は大好きなわたしだが、恥ずかしながら『めぞん一刻』はそれまで未読であった。

うる星もらんまも、わたしが小学生くらいの頃に読んだ作品で、それくらいの歳の自分にめぞんは若干、大人な雰囲気の漂うマンガだった。うる星のようなファンタジー要素もなく、らんまのようにバトル要素もない純粋なラブコメで、主人公は(物語開始時)大学浪人中の19歳。それで食指が動かず、読まずに来てしまったのだと思う。

たまーにテレビで「名作アニメ感動の最終回スペシャル」みたいな特番をやっていたときに取り上げられていたのを見ていたらしく、読んでいる最中にそういう番組で見た場面がやってくると突如記憶が呼び覚まされ「あれ…?この場面、どこかで…?」みたいなことを思ったりはしたが、それで感動が薄れるほどではないくらいの淡い記憶だった。まあとにかくそんな具合に、いい大人になるまで『めぞん一刻』に触れずに育ってきた。

そして10年くらい前に読んでめちゃくちゃ泣いて、最高!!!なんてすばらしい作品なんだ!!!!!と思ってから、家の本棚に仕舞ったままずっと再読していなかった。そしてそういう「寝かせた」マンガを久しぶりに読むとですね、有難いことに記憶力が若い頃より低下しているせいか、ほとんど初読に近い感覚で、新鮮に名作を楽しむことができるのです。

嗚呼素晴らしい哉、人生。オタクの口癖「記憶消してもっかい見たい」が本当に叶うなど、歳をとるというのは決して悪いことばかりではない。

というわけで10年寝かせた『めぞん一刻』は案の定抜群に効いたし、本当にほぼ全編を忘れていた。最終盤で五代くんがお墓に誓う例の名台詞だけは、10年前に涙が枯れるほど泣いたため印象的に覚えていたけれど、そこ以外の場面でももうおいおい泣いていたので全然余裕で新鮮に感動しました。

わたしがどれくらい全編を忘れていたのかというと、なんと三鷹さんの存在を忘れていたほどである。歯がキラッと光った立ち絵を見て「あ、ああ~~~!!いたねえこの人!」と思ったが、読めば読むほどどうしてこんな重要人物を忘れられたのだろうと思う。犬が苦手とか、そういう細部は読んだらめきめき思い出したのだが。

めぞん一刻』は昭和感の強い舞台設定のお話で、今読むとそれがゆえのノスタルジーも覚えるのだけれど、それ以上に強烈で新鮮な響子さんの個性に目を引かれる。

ヒロインの響子さんは、最初主人公の憧れの女性ポジションで登場し、どうも影がある…何か暗い過去が?と数回匂わせたのち、早々に「若くして夫を亡くした未亡人」であることが明かされる。

令和の今でも、未亡人の年上ヒロインって設定は非常に斬新だけれど(他にもあるのかな?未亡人がヒロインのラブコメ。わたしは見たことない)、彼女はその「可哀想な女性」という設定にいつまでも収まってはおらず、気が強くワガママでやきもち焼きな性格が、徐々に表に出てくる。

ブコメにつきものの、主人公とヒロインの間にある障壁は「亡くした前夫に操を立てている」だけで大きすぎるくらいだし、この設定だけでいくらでもお話をひっぱれそうなものだが、ドタバタ日常回などで月日が過ぎてゆくにつれ、響子さんは夫の惣一郎さんを亡くした痛みから(ごく自然なことに)少しずつ立ち直っていき、惣一郎さんを思い出す機会も作中、徐々に減っていく。そして、物語序盤から自分のことが好きだと分かっている五代くん(や三鷹さん)が他の女と出掛けているのを見かけたりするたびに、自分の恋人でもない彼らに対して嫉妬心を燃やし、数日間口をきかなかったり、浮気者!などと怒鳴りつけたりという蛮行を繰り返す。だのに、彼らが真剣に交際を迫ると、中途半端な態度でのらくらと躱し続ける。

高橋留美子先生は、ちゃんと彼女をそうした「ずるい女」として描いている。ただ影のある美しい未亡人にはしておかない。非常に生々しいキャラクターなのだ。これだけ濃い背景を背負わせておきながら、非の打ち所がない憧れのヒロイン!守ってあげたくなる!みたいな単純明快なキャラ作りをしないところがすごいと思う。

そういう響子さんを見ていると、読者としてのわたしは五代くんや三鷹さんにいたく同情し、また腹も立つのだが、彼女に苛々してしまうタイミングで周りのキャラクターたちがチクリと「まだ怒ってんの?あんたほんと嫉妬深い女だね」とか「いい加減にしないと愛想着かされるよ」なんて具合に、響子さんに嫌味を言ったり釘を刺したりしてくれる。それでだいぶ溜飲が下がる。そのへんの、読者へのストレスのかけ方が本当に絶妙なのである。

そして、最初こそ影のある美人…という理由で彼女に惹かれた五代くんが、響子さんのワガママや思い込みの強さに振り回されながらも、一途にひたむきに彼女を愛していく姿に心打たれる。時には我慢ならずに怒鳴り合いをしたり、周りに呆れられるようなケンカをしながら、長い時間をかけて二人が徐々に距離を詰め、惹かれあっていく様子がじっくりと描かれる。

最終回の頃には出てくる人たちみんな好きになってしまって、それぞれの顛末を感慨深く見守りつつ、余韻の残るラストシーンにもう涙が止まらず、しばらく本を閉じたくなくてじっと最後のコマを見つめてしまった。文庫版では全10巻なのだが、8巻の後半くらいからもう続きが気になってたまらず、ラスト2巻くらいは一気に駆け抜けてしまうため、そのあたりを振り返りながらじっくり読み返したりしてしまう。

すごいよな。こんなに何回も噛みしめて読み返すのに、もう10年くらい経ったらまたちゃんと忘れてくれるんだろう、わたしの脳みそは。ちょっと(いやかなり)怖いけど、まあ名作を何度も楽しめるというのは大変幸せなことだ。

そこそこ年をとってから名作を履修するというのも、なかなか良いものです。

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